台本『探偵ベニーの真実〜スガル』



登場人物
ベニー(黒羽ルイ)…紅谷探偵事務所の探偵。元警視庁勤務のエリート。『K事件』により、退職を余儀なくされた。
捜査能力が異様に高く。「全ての事柄を暴く」と言われている。
(作中では台詞前に、べ)
永山エイジ…今回の依頼主である。人柄が良く、愛嬌があり、中性的な仕草をする。
人に頼りやすい性格。それが原因で彼は全てを失い、ベニーによって救われる。
が、今回の事件での傷は深いようだ。
(作中では台詞前に、エ)

『探偵ベニーの真実~スガル』
脚本 紅谷伊織
夜。街灯の下。そこは人も寄り付かぬような公園だ。二人の人間がいた。
一人は放心したような表情で、目は虚ろな男。
もう一人は女性にも男性にも見えるような身なりをした人間が、無表情でもう一人の男を眺めていた。
虚ろな男は、語り始めた。
(照明とBGM『イメージはビョークのBlack lake』)
エ「ぼくは今までずっと他人にすがっているだけの人生でした。
その人さえいれば、自分の願望が叶って、その人がいないと何も出来ない。だからその人がいなくなれば、また別の誰かに依存する。
親にすがって、恋人にすがって、友人にすがって、他人にすがって。
結局、自分の人生を生きるのが恐かっただけなんです。
だって自分の生きる人生には、すべて自分が責任を追わなければならなくて、そのくせ死がいつもまとわりつく。
だから僕は他人の背中に乗っかって、安全な場所で、自分の得だけを考えて生きてきた。
その結果が、今です。
ベニーさん、人って何もかも失うと…涙も何も出なくなるんですね。
そして、僕はいま死を身近に感じています。
不思議ですね。ベニーさんに出会った時はあんなに死にたいって弱音を吐いていたのに、今は死ぬのが恐い…。
僕はいま、全てを失いました。これから立ち直れるかすら分かりません。
ベニーさん、こんな僕ですが…それでも生きている意味はありますかね?」
ベニーは、淡々とした口調で語り始める。
ベ「だけど、あなたは生きている。それが答えじゃないかしら?
この後、あなたが何もせずに泣き崩れながら死んでいくのなら、それも私は自由だと思うわ。
だけど、あなたは生きている。あなたはそれを選んだのだから。」
(ベニー語り、スポットライト)
~とある駅の路地。晴れた昼下がりに、彼は一人だけ世界の終わりのように道の隅に座り込んでいた。
私は彼に偶然声をかけた。そこから彼との物語が始まり、いま終わりを迎えようとしている。~
永山エイジの放心していた表情は、悲しみの色に変わり始める。
エ「僕はあの時、不幸が重なっていました。
婚約者が他の男に奪われたり
父は借金を背負って自殺しました。
しかもあらぬ噂が周りに流れて
僕は友人から仲間から見放されました。
そして、会社からも突然の解雇処分を言い渡され、僕は全てを失ってしまいました。
なぜ突然このような不運が偶然重なったのかはわかりません。」
(ベニー語り)
~永山エイジ。幼少期に両親が離婚。母親が他の男性と出ていく。
彼の父親はそれでも自分の息子に当たることはなく、むしろ過保護なほどに大事に育てた。
彼は人当たりがよい性格なので、周りには常に取り巻きが多く、
女性からも慕われて、付き合う女性も多数いた。
出世街道にものり、上層部の令嬢と結婚が決まっていた。~
そして永山エイジの悲しみの色は、さらに変化し、彼は突然開き直るかのように、悲劇のヒロインを演じ始める。
エ「ベニーさん、これが運命と言うものなのでしょうか?だったらあまりにも残酷だ。
周りに助けを乞うというのは、そんなにいけない事なのでしょうか?
だって、人は支え合って生きているのでしょう?
人にもたれかかる事の何がいけないのでしょうか…。
これから僕は、誰を頼っていきていけばいいのでしょう。」
彼の発言に、今まで無表情であったベニーの表情は、怒りを抑えるかのような瞳に変わる。
ベ「そう、あなたは何も悪くないわね。
偶然、父親が誰かに騙され、借金を作り自殺した。
偶然に、あなたの多数の浮気が発覚し、恋人は元々恋仲にあった人間に奪われた。
そして、偶然にその事実が上層部に発覚し、あなたは会社を追われる事になった。
偶然、そのウワサが流れて、あなたの周りには誰もいなくなった。
偶然声をかけた私がしてあげられたことは、あなたの不当に追った借金を消し、あなたの事を知らない土地で、新しい生活を提供した。
あなたは悲しい不幸が偶然に重なり…すべてを失ってしまったの。
でもあなたには、これから新しい生活が待っている。
あなたはきっと同じ過ちを繰り返すでしょうけどね…。」
長い間の後に、ベニーは突然大きな舌打ちをする。
ベニーはキレたのだ。
べ「…そんな偶然、あり得るわけがないじゃない。」
永山エイジはその発言に、呆気にとられた表情をする。
エ「は?」
ベニーの怒りの感情は突然あらわになり、彼に真実を語りはじめる。
ベ「ドラマや映画じゃあるまいし…そんな不幸が偶然重なるわけがないでしょ。
永山エイジさん、人の罪はね…必ず罰になって返ってくるの。
あなたは、人にすがる。言葉巧みに人を利用し、金銭面や生活面、仕事面。どんな事でも人を利用した。
そんなあなたを恨まない人間がいないわけがない。
あなたは多数の人間から恨まれ、あなたを陥れる情報提供の依頼を、どこかの探偵事務所が受けたの。
あなたの父親は母親に似ていた貴方を恨んでいた。それを隠し、過保護に育てた。
あなたは憎しみによる過保護で育てられたが故に、人の善悪がわからない。
だからあなたは欲しいものがあれば、誰かから奪ってでも手に入れようとした。沢山のものを得たあなたに群がる人間を、あなたは利用し、あなたは人から大事なものを奪い続けた。
あなたは、それを人の情の世界だと思い生き続けてきた。それは同情するわ。でもどこかでは分かっていたはずよ。あなたの世界がおかしいという事に。
あなたを突き落とす事なんて簡単なの。あなたの権力を奪い、真実を晒し、あなたに利用価値がないという事を認識させればいいだけ。」
永山エイジは、絶望と悲しみに満ちた表情で、必死にベニーに抵抗した。
エ「…ふざけないでください、なんだよその話。じゃあこれは…最初から仕組まれた事だったって言うんですか?
僕は誰からも愛されていなくて、ただ人に寄生して、人を傷つけて生き続けてきたって言うんですか?
ベニーさん。僕はあなたの話を信じません。もしあなたの話を信じてしまったら、それは僕の全てを否定する事になるから。
あなたの言う事は全部嘘だ。僕はずっとみんなから、愛されていた。絶対に信じない。」
そう言い放つ永山エイジに、ベニーは冷酷に、彼を見下すように、こけ下ろすかのように話し出す。
ベ「だったら、何も失わなかったはずよ。
あなたが間違っていなければ、何も崩壊することはなかったのよ。
人の絆は、そんなに簡単に崩れるものじゃないわ。
あなたは、真実を見ようとしなかった。真実から逃げたの。
あなたは人を愛したつもりで、人を傷つけ続けた。
そのツケがいま回っただけよ。」
ベニーの言葉にぐうの音も出なかった。彼は現に全てを失ったのだ。そして、心のどこかでその真実に気づいていたからだ。
ベニーの言葉が、彼にとってはこれまでのどの出来事よりも絶望的だった。
エ「信じたくない…信じたくないです。僕はあなたの言うことを信じない。
気づいていましたよ…なんとなく。父の様子が昔からおかしかった事も。周りが僕を利用しようとする目も。彼女達は僕の内面なんて見ていない事も。
僕の中の真実がどれかわからなくなっていた事も。
でも、それがわかったところで、コレが僕なんです。僕は生きる価値のない人間なんですね。生きていてはいけない人間なのですね。
でも…それでも生きたい。
死ぬのが恐い。こんな終わり方をしたくない。
ベニーさん…僕はこれからどうすればいいんですかね?」
ベニーの怒りは頂点に達する。だけど、ベニーは決して人を見捨てたりなんかはしない。ベニーはそういう人間なのだ。
まるで悪い子どもを強く叱るかのように、畏怖を含み、それでいて優しさを孕んでいた。
(BGM、突然切れる。)
ベ「し、る、か。
自分で考えなさい。よく考えなさい。どうしたらいいのか考えなさい。
あなたは、何も考えなさすぎなのよ。
あなたの人生は、あなたにしか救う事が出来ないの。
あなたが自分で、希望も幸福も見出さなきゃいけないの。
誰かからもらったような光はね、簡単に消えてしまう…。
だからあなたが自分で、自分の人生に落とし前をつけなさい。
大丈夫、それでもあなたは生きる事を選んだ。
生きてればいいことあるわよ。」
そういうと、ベニーは今にも泣きそうな表情をしていた。
そんなベニーを見て、彼はふと事件間のベニーの行動を思い出した。
ベニーは優しかった。例えそれが仕組まれた事だったとしても、ベニーは優しすぎたのだ。
彼はここまで言われても、ベニーを恨む事は出来なかった。
エ「真実を見て、真実を知らされて…
あの日、あなたがいたのは偶然じゃないんですね。
これは全部仕組まれた事だったんですね。
依頼を受けた探偵事務所は、あなたの事務所だったんですね。
それなのに…なんで、僕を助けたんですか?
なんで、あなたはそんなに哀しい顔をしているんですか?」
ベニーは涙を堪えるように、無理やり笑ってみせた。
ベ「…さあ、言ったでしょ?人の罪にはね、必ず罰がおとずれるって。
私は私で、自分に落とし前をつけてるの。」
彼は何かを悟った。ベニーは、自分を陥れるような事の出来る人間ではない。
きっと自分に言うことが出来ない事情があったのだ。
だってベニーの顔は、彼に「ごめんなさい。」と何度も何度も謝っているように見えたからだ。
エ「…ベニーさんの顔を見ていたら、なんか何に嘆いたらよいのか、よくわからなくなってしまいました。
コレが全部仕組まれた事でも、ベニーさんは優しすぎましたよ。
あなたと過ごした時間は、人の優しさに触れていた気がした。真実を見ていた気がした。
僕は、それでもベニーさんを信じます。
もういいです。僕には新しい明日があるんで。
これから僕は生まれ変われるんで。
ねえ、ベニーさん。生きてれば、いいことありますかね?」
そんな彼に、ベニーは母親の様に優しい表情で答えた。
ベ「ええ、もちろんよ。」
(ベニー語り)
~半年後、強く前を見つめて歩く男の姿を見た。
私は横を通り過ぎて行く彼に「何かいいことでもあった?」とたずねると。
彼は「ええ、沢山」と言って、私に素敵な笑顔で笑いかけてその場を去って行った。
そしてこの物語は幕を閉じる。
この探偵事務所は、一人の大きな罪から成り立っている。紅谷幸太郎。この探偵事務所の創設者で、もうこの世にはいない人。
(BGMオリジナル曲『ENDROLL』)
すべては一つの事件に繋がっている。
その話は、またいつかの機会にしましょう~
歌と共に、暗転。

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